――10年勤めた私が、それでも「辞めてもよかった」と思う理由
看護師として総合病院に就職した当初、私は「ここで一人前にならなければ」「最低でも3年は続けなければ」と強く思っていました。
総合病院で働けることは誇らしく、簡単に辞めてしまうのは逃げだと感じていたからです。
- ここでつらいと感じるのは、自分の努力が足りないからではないか
- 総合病院で働けないなら、看護師には向いていないのではないか
- 1年目でやめたら友達や家族に顔向けできない
当時はこんなことばっかり考えていました。
でも、実際に働き始めてからの現実は、想像していたものとは大きく違っていました。
一年目も、二年目も、とにかくつらかった。その一番の理由は人間関係でした。

しかし今振り返ると、あの苦しさは個人の問題ではなく、環境による影響がとても大きかったのだと感じています。
この記事では、看護師というストレスの多い社会の中で、私が総合病院で「限界」を感じるようになった理由を、3つに分けてお伝えします。
今、同じように悩んでいる方にとって、ご自身の状況を見つめ直すきっかけになれば幸いです。
- 看護師の種類(正看護師・准看護師・助産師・保健師)の違いと特徴がわかる
- 資格取得の流れやスキルアップにつながる資格が理解できる
- 自分に合った働き方・キャリアプランを考えるための具体的なヒントが得られる
息が詰まるような複雑な人間関係

総合病院で一番つらかったのは、とにかく人間関係でした。1年目も2年目も10年目まで、この人間関係の悩みは変わることがありませんでした。
先輩看護師との関係──毎日が顔色伺い
一年目は「厳しく育てる」という文化が根付いている職場でした。
女社会特有の空気感の中で、毎日先輩の顔色を伺いながら働く日々。その日の気分で先輩の機嫌が違うので、朝出勤するたびに「今日はどんな一日になるんだろう」とビクビクしていました。
出勤した瞬間、先輩の声のトーンで「あ、今日は機嫌が悪そうだ」と察知する。時には挨拶を無視されることもあります。そんな日は一日中、緊張状態が続きます。
さらに厄介だったのは、一人一人の先輩によって対応を変えなければならないことです。
「この先輩にはこうやって報告する」「あの先輩が言ったらこうする」と、常に相手に合わせて立ち回る必要がありました。

まるで、それぞれの先輩の取扱説明書を頭の中に入れて、瞬時に切り替えているような感覚でした。
わからないことだらけの1年目

1年目は特に、先輩が何を言っているのかもよくわからない状態でした。専門用語が飛び交う中、わかったフリをして話を進めることもありました。わからないことを質問すると「そんなことも知らないの?」という空気になるのが怖かったからです。
| 略語 | 正式名称 | 意味・補足 |
|---|---|---|
| ケモ | Chemotherapy | 化学療法(抗がん剤治療) |
| レジメン | Regimen | 投与計画(薬・量・スケジュール) |
| day1 / day8 | ― | 投与スケジュールの日数 |
| 抗がん剤 | ― | がん細胞を抑える薬 |
| 分子標的薬 | ― | がん細胞の特定分子を標的 |
| 免疫療法 | ― | 免疫を活性化する治療 |
| FN | Febrile Neutropenia | 発熱性好中球減少症 |
| 骨抑 | ― | 骨髄抑制 |
カルテの使い方がわからず、情報収集にも異常に時間がかかりました。どこに何が書いてあるのか、どの情報が重要なのか、判断基準すらわかりません。先輩たちは10分で終わらせる情報収集に、私は1時間以上かかることもありました。
その結果、朝の残業が増えていきます。始業前に早く来て情報を集めないと、申し送りに間に合わない。朝7時半には病院にいて情報収集を始めていました。

入職して1カ月たったときにいきなり先輩に「はい、今日はあなたが全員の患者の情報言って。1カ月見てたよね?」と言われてリアルに半泣きになりました。
夜は夜で、薬の処理の仕方がわからず残業が増えます。どの薬をどう処理するのか、返却するのか、廃棄するのか、記録はどうするのか…。一つ一つ確認しながら進めるので、定時に帰れることなんてほとんどありませんでした。
残業代をつけることすら許されない空気

ところが、残業代をつけようとすると「もう残業代つけてるの?」と陰口を言われるのです。
「1年目のくせに」「仕事が遅いだけなのに」──そんな声が聞こえてきました。
そのうち、先輩たちがひそひそ話している声が全部、自分の悪口を言っているように聞こえるようになりました。
休憩室で先輩たちの輪に入ることもできず、スマホをいじって時間をやり過ごす。本当は誰かに相談したいのに、相談できる人がいない孤独感がありました。
プリセプター(指導担当の先輩)に勇気を出して相談したことが、気づけば主任、師長まで話が共有されていたこともありました。「相談した内容が筒抜けになっている」と知ったときのショックは、今でも忘れられません。
小さな休憩スペースで、1日中息を抜けるタイミングがありませんでした。誰かの視線を常に感じながら、緊張した状態で過ごす毎日。トイレにこもって、そこでようやく一息つくこともありました。トイレが唯一の安全地帯だったのです。
医師との微妙なバランス──気を遣いすぎて疲弊
医師との関係も、神経をすり減らすものでした。
医師の意図を汲み取り、指示通りに看護をする。これ自体は当然のことなのですが、医師への電話一つとっても、ものすごく気を使いました。
「今はオペ中じゃないか」「診察中じゃないか」「休憩中じゃないか」「機嫌を損ねるタイミングじゃないか」…。電話をかける前に、いつも躊躇していました。
さらに難しいのが、「一番最初に電話すべき医師は誰か」という暗黙のルールです。
実は、医師には優先順位があって、一人の患者さんに対して主治医、担当医、研修医など3人ほどの医師がついています。その中の誰から電話をするかというルールが、存在するのです。
①若い医師から電話する
②若い医師が患者の主要な病気の担当医なのか確認(時期によって担当の領域が変わることがあるため)
間違った順番で電話をすると、「なんで先に○○先生に連絡しなかったの?」と叱られます。でも、そのルールは誰も教えてくれません。先輩たちの動きを見て、失敗しながら学んでいくしかありませんでした。
医師はなかなか電話に出てくれません。オペ中、外来中、カンファレンス中…。ようやく担当の医師を見つけたら、その瞬間を逃さず、すぐに声をかけに行かなければなりません。
「あ、○○先生だ!」と思った瞬間、患者さんの状態を頭の中で整理して、簡潔に伝える準備をする。でも緊張して、うまく伝えることができない。すると怒鳴られることもありました。
医者で、結局何が言いたいの?
医者もっと簡潔に言って
医者そんなことで呼ぶな
1年目の私には、何が重要で何がそうでないのかの判断もつきません。報告すべきか迷って報告しないと「なんで報告しなかったの?」と言われ、報告すると「そんなことで?」と言われる。どちらにしても怒られるのです。
同僚の目も医師の目も気になる矛盾
さらに厄介なのは、医師と話していると看護師の先輩から「媚びを売っている」と思われること。
医師に笑顔で接すると「あの子、医者に媚びてるよね」とヒソヒソ言われます。でも、医師とあまり喋らずぶっきらぼうでいると、今度は医師から「あの看護師、感じ悪いな」「つまらない人間だ」と思われてしまう。
どちらにしても批判の対象になるのです。
このバランスを毎日毎日取りながら仕事をするのは、本当に疲れました。「私は一体、誰のために、何のために働いているんだろう」と思うことが何度もありました。
押しつぶされそうな責任の重さとプレッシャー

処置一つひとつへの恐怖

自分の処置によって患者さんの症状が悪くなったらどうしよう

この処置は本当に合っているんだろうか
この不安は、常に頭から離れませんでした。
特に久しぶりの処置に当たると、不安が一気に大きくなります。手順を思い出しながら、「これで合ってるよね…?」と自信がないまま進めなければならない恐怖。
そんなときは動作が遅くなるので先輩から「遅い!」と怒られます。
化学療法を扱う時は特に緊張しました。薬剤を扱うと手袋をしていても手が痛痒くなることもあって、「これ、大丈夫なのかな」と不安になりながらも、患者さんの前では冷静を装わなければなりません。
抗がん剤の調製や投与、ルート接続・抜去の際には、
- 手袋(原則二重)
- ガウン
- マスク
- 必要に応じてフェイスシールド
などを着用し、皮膚や粘膜への曝露を防ぐようにしていました。
妊娠中は特に、「本当は抗がん剤を扱いたくないな…」という気持ちが、心のどこかにずっとありました。
お腹の中の子どもへの影響を考えると、不安にならない方が無理だったと思います。
それでも現場では、「妊婦だから」という理由で業務を完全に外れることは難しく、結局は他のスタッフと同じように、日々抗がん剤看護に追われていました。
自分の体調や気持ちを後回しにしながら、患者さんの命と向き合い続ける日々は、精神的にも大きな負担だったと、今になって感じています。
点滴の針刺し、一発勝負のプレッシャー

点滴をするために針を刺す時は、一回一回がプレッシャーでした。
血管を探して、針を刺す。一発で成功するかどうかビクビクしながら。失敗したらもう一度刺さなければならない。患者さんに痛い思いをさせてしまう。申し訳なさと、「次こそは成功させなきゃ」という重圧。
さらに患者さんから「この血管にして」「右手じゃなくて左手のこの血管に打って」と指定されることもあります。
患者さんなりの理由があるのはわかります。でも、指定された血管が刺しにくい場所だと、「失敗できない」というプレッシャーが何倍にも膨れ上がります。手が震えそうになるのを必死で抑えながら、針を刺す。成功したときのホッとした気持ちと、失敗したときの絶望感。
この繰り返しが、本当に辛かったです。

失敗したら誰かに頼まなきゃいけないこと、誰かの失敗のあとに頼まれたら確実に成功させなきゃいけないこと、プレッシャーです…。
あらゆる方向からのプレッシャー
患者さんのご家族からのプレッシャーもありました。
ご家族は心配で不安で、看護師に厳しい目を向けてきます。「うちの母をちゃんと診てくれているのか」「本当にわかっているのか」──その視線が痛いほど刺さりました。
他の病棟の人と関わり、患者さんを迎えに行く時には「この看護師、ちゃんとわかってるの?」という目でジロジロ見られます。
申し送りの際、うまく説明ができないと、「できない看護師」だと思われているのが表情から伝わってきました。「もっとちゃんと情報を把握しておけよ」という無言の圧力。
患者さん自身のストレスの矛先
患者さん自身もイライラしていることが多かったです。
病気で入院して、思い通りにならない日々。痛みや不安、恐怖の中で、どうしてもストレスが溜まります。その矛先が、一番身近にいる看護師に向けられることも少なくありませんでした。
「遅い!」「何やってるの!」と怒鳴られることもありました。物を投げられたこともあります。
男尊女卑の患者さんも高齢になると少なくなく、患者さんから「どうせ女だから」「女の言うことは信用できない」と言われたこともありました。病気の影響もあるとわかっていても、心が傷つきました。
こうした重圧の中で、毎日を過ごすのは本当に辛いものでした。家に帰っても、患者さんの顔や、失敗した場面がフラッシュバックして、眠れない夜もありました。
1年目ならではの孤独と無力感

1年目は、とにかく全てがわからない状態でした。
先輩が何を言っているかもわからない。カルテの情報収集の仕方もわからない。カルテの使い方そのものがわからない。どこに何が書いてあって、どの情報が重要で、何を記録すべきなのか。全てが手探りでした。

努力が足りない

要領が悪い

向いてないんじゃない?
そんな視線を感じながら、誰にも相談できず、ただひたすら耐えるしかありませんでした。
小さな休憩スペースで、1日中張り詰めた空気の中にいて、息を抜くタイミングすらありませんでした。本当は泣きたいくらい辛いのに、それすら許されない環境。「弱音を吐いたら負け」そう思い込んでいました。
あの時の自分に伝えたいこと

当時の私は、こう思い込んでいました。

1年で辞めた、2年で辞めたなんて、友達や家族に言えない

しっかり同じところで長く働いている人でありたい

3年経たなければ、どこの病院に行っても相手にされない
だから、本当に辛い辛い辛い時期を乗り越えて、結局10年勤めることになりました。
でも、今なら断言できます。全然そんなことない。
別に辞めてもいいんです。1年目で辞めてもいい。2年目で辞めてもいい。看護師を辞めてもいいんです。
10年我慢して得たものもありました。でも、もっと早く環境を変えていたら、もっと自分らしく、もっと楽しく看護の仕事ができたかもしれない。そう思うと、10年間の我慢は必ずしも正解ではなかったと感じています。
あなたには選択肢がある

看護師という仕事の中にも、いろんな職種があります。
総合病院の急性期病棟だけが看護師の働く場所ではありません。クリニック、訪問看護、介護施設、企業看護師、治験コーディネーター、保健師、健診センター、美容クリニック…。
それぞれに大変さはあります。でも、今総合病院が辛いと感じているなら、もっともっと自分を大切にして働ける場所があります。これは「楽な仕事を選べ」と言っているわけではありません。どんな仕事にも大変さはあります。

でも、絶対に自分に合った仕事は見つけることができます。
私が知らなかったのは、「選択肢がある」ということでした。総合病院で働けないなら看護師失格だと思い込んでいました。でも、それは大きな間違いでした。
今悩んでいるあなたへ
もしあなたが今、私がかつて感じていたような苦しみの中にいるなら、どうか知ってください。

転職というのも、立派な一つの道です。
看護職一つとっても、本当に想像もできないような仕事がたくさんあります。今の職場がすべてではありません。
もっともっと自分に合う道を模索していく必要があります。そして、それは決して「逃げ」ではありません。自分を守るための、勇気ある選択です。
私が10年も我慢し続けたのは、他の選択肢を知らなかったからです。「ここで頑張るしかない」と思い込んでいたからです。もっと早く、自分に合った環境を探していれば、もっと楽しく看護の仕事ができたかもしれません。
我慢し続ける必要はありません。あなたの心と体が悲鳴を上げているなら、それは「環境を変える時」のサインかもしれません。あなたが笑顔で働ける場所は、必ずあります。
その選択肢を知るために、まずは看護師専門の転職サイトで「どんな働き方があるのか」だけでも覗いてみてください。
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